作文置き場

鰷の書いた小説?作文?を置いておく場所です。

中二の夏の話

 中2の夏頃、同じクラスの友達から公園で花火しようと誘われたことがあった。

 その友達とは近所に住んでることもあって昔はよく遊んでいたものの、中2当時の時点で片やクラスの中心グループ的な立ち位置、片やぱっとしない漫画好きオタク、という具合にすでに明暗が分かれ始めて(勿論後者が自分)いて疎遠になりかけてはいたが、まだ多少の親交は残っている…という距離感だった。何はともあれ、久々の誘いは素直に嬉しくもあったので、夕飯を食べてからすぐ向かった。 

 指定された公園は近場にある、自転車で一周しても10分はかかるような大きな緑地公園だった。行ってみると、普段クラスで少し話す程度の中心グループ数人がいた。時刻はすでに夜で、辺りは真っ暗だった。自分達以外に人影は一つもなく、公園は貸切状態だった。

 さっそく花火が始まると、彼らは自分がそれまでやったことのなかったような、刺激的な遊び方をはじめた。設置型の火柱を上げるタイプの花火を手に持って振り回したり、火柱の上を飛び越えたり、ロケット花火を使って撃ち合ったりした。撃ち合いには正直びびりきっていたものの、やってみると意外と楽しかった覚えがある。

 そんな風にはしゃいでいた折のこと、詳細は憶えていないが、誰かが近くの木の幹に止まってうるさかったセミに目をつけ、それを空になっていたペットボトルを使って捕獲しはじめた。間口の広いタイプのボトルだったので、セミ程度の大きさなら難なく入れることができたようだった。ボトルは、セミが逃げ出せないように口を下にして地面に置かれた。

 改めてみんな、ノリが良い奴らばかりだった。口々にヒデーwとか言いながら、ロケット花火を3本ほど取り出したり、導火線だけがちょうど外に出るようにそれをボトルに突っ込んだりといった「準備」を始めた。
 自分はその時、心中ではイヤなものを感じてはいたが、そのワイワイした雰囲気の中でやめようなんて到底言えなかったし、かつ本気で止めようとも特に思わなかった。もやっとしながらただ傍観していただけだった。

 苦心の末に上手く導火線が3本重なるようにできたらしく、早速チャッカマンが近づいていった。導火線に火がつけられ、火薬部分まで到達してシューと弱い火花が散り始める。中のセミは直前までジージーと鳴いていた。全員がその一点に集中して、緊張が高まった。

 数秒後、ちょっとだけ甲高い音が鳴り、ボトルがほんの少し明滅した。ボトルの内側が一瞬で真っ黒になり、音は無くなった。

 皆、バンバンという派手な爆発を期待していただけに肩すかしな結果だった。苛立った誰かが、興が冷めたと言わんばかりにペットボトルを蹴飛ばした。ボトルはべこりと潰れ、よく飛んでいった。その後は、気を取り直して暫くねずみ花火などで遊んだりした。そうしている内に花火も尽き、時間も遅くなっていたので解散となった。帰り道、誘ってくれた例の友達ともじゃーねと言って別れた。

 角を曲がって一人になってから自分は、ブレーキの音が鳴らないよう気をつけながら、自転車を止めた。そしてその場で1分くらい待ってから、いま来たのとは別のルートを選んでさっきの公園へと向かった。

 

 戻って何がしたいのか、何故戻るのかは、自分でもよく分からなかった。ちゃちな罪悪感があったし、もしかすると好奇心もあった。さっきはセミが結局どんな状態になったかが判然としなかったからだ。でも戻っても、その中身を開けてまで、本当に自分が見たいと思っているのかは分からなかった。

 そんなことを考えてる内に公園内に入り、先ほど花火をやっていた辺りまで来た。さっきは人といたので気にならなかったのだろうか、やたら蝉や鈴虫なんかの鳴き声がうるさいように感じられた。でも、同時に静寂さがあった。自分の息遣いや、自転車を押すカラカラという音がよく聞こえて、神経が張り詰めてくるのが分かった。自転車のスタンドを下ろしてへこんでいるペットボトルを眺めると、やはり見える範囲は内側から真っ黒になっていた。

 ここまで来たら…という思いのもと、恐る恐るつまみ上げてヘコミを直し、えいやと逆さにした。ぱしゃりと音がして、意外にも原型を留めたままのセミがあっさり出てきた。鼓動が早くなった。

 

 なんだか罪悪感が大きくなってきて、次に何をすればいいか思い浮かばず、ただしゃがみこんだままセミから目が離せなかった。…すると、突然ジジジという不快ともいえる大音量と共に、いまペットボトルから出てきたばかりのセミが、羽ばたいた。俺はびっくりして、奇声を上げて跳びのいた。腕を自転車にぶつけて倒した。セミはそのままふらふらと近くの公園灯へと飛んでいって、灯りの届く範囲を通り過ぎ、その向こうに姿を消した。

 生きてたのか、とかこの為にここまで来たのかな、とか混乱しつつ色んな考えが頭を巡った。ぶつけた腕がじんじんと痛かった。でもそれも、セミが人間にやり返した結果の痛みなのかと思うと、なんだか気が軽くなった。息が整ってきて、事態を飲み込めてくると、これで話に落ちが着いた…という謎の安心感が湧いてくる。なんだか、晴れやかな気分にさえなっていた。

 それ以上することもなかったので、自転車を起こして家に向かい、のろのろと走り出した。

 

 

 蒸し暑い夜だった。
 風が生温く、体に受けても気持ち悪いだけだった。
 汗ばんだTシャツが不快だった。
 周囲の聴き分けられないほど無数の虫の鳴き声がうるさかった。等間隔に並ぶ照明の下を通るたび、眼前に蚊柱が現れ、気を抜くとすぐ口や目に入ってくる。

 その場のすべてが、自分の不快感を煽っていた。

 そんなせいか、一旦は過ぎ去ったと思った心のモヤモヤが、またぞろ頭を擡げ始めてきた。ペダルを漕ぐごとに気分が塗り変わっていく。

 

 さっき俺はこれで落ちがついたなんて安心したが、そんなのってあるか?自分が直接やった訳でもなく、止めようとすら思わなかった癖に身勝手な罪悪感を抱き、かつ生きていると分かった途端胸を撫で下ろす。たまたまぶつかった腕を仕返しだとか、バチが当たったとか思っている。何もかもが自分のフィルターを通し、捻じ曲げ、いいように置き換えたものばかりだ。最初から最後まで現実と剥離している。

 あの時もしセミが死んでいたなら、今ごろ暗い気持ちで家路に着いてた筈だ。いや、あのセミは飛んでいったが、今にも死んでるかもしれない。なら何故今、良い気分で帰ろうとしてたんだ?  なにか間違ってる気がする、そら寒いものがある。漠然とした違和感がある。そうして思い当たった。

 一体、「何」が自分の気分を弛緩させたのか。

 あのセミは、自分が戻らなければ、ボトルの中でそのまま死んでいた。あのセミは、自分が解放したからこそ、残りの数日か数時間は自由に生きていられる。

 

つまり自分は、「善いことをした」と思っていた。

 

 その意識があったからこそ、晴れやかな気分にもなっていた。その事実に気づいたとき、なにかとても苦く重いものが、口の中にじわりと広がった気がした。

 

 自分は普段から当然に虫を殺していたし、本当ならそんなセミ一匹のことで思い悩む必要はなかった。しかしその時、そのセミに対してだけ、自分がどんな気持ちを抱けばいいのか、どう捉えるのが正しいのかが、もう一切分からなくなった。その分からなさからは逃げ場がなく、どうしようもなく不安で、気持ち悪かった。 

 その時の自分は、一連の出来事を噛み砕いてなんとしても結論や教訓めいたものを得たかったが、いくら考えても叶いそうになかった。


 腕の痛みは公園を出る頃にはとっくに引いていた。家に帰って電灯の爛々とした明かりの下で確認したが、青あざ一つできてはいなかった。 

 

<お終い>